政策・規制
EUが私的メッセージのスキャンを復活させる、暗号化を売りにする前提が揺らぐ
公開日: 2026-07-09
何が起きたのか
欧州議会は2026年7月7日の採決で、331対304で緊急手続きを採択した。委員会審査の段階を飛ばして本会議へ直行する道だ。この手続きにより、7月9日木曜に暫定メッセージスキャン規則を復活させる採決が組まれた。否決するには反対票ではなく、在籍過半数にあたる361票が必要になる。単純多数ではなく絶対多数を集めなければ止められないため、反対側に不利な構図だ。
復活させようとしているのは、プラットフォームが児童性的虐待コンテンツ(CSAM)を探すために利用者の通信をスキャンすることを認めていた暫定規則だ。この規則は3月に議会が延長を否決(反対311・賛成228・棄権92)したことで2026年4月初めに失効し、その瞬間にGmail、メッセンジャー、インスタグラム、WhatsApp、iCloudメール、スナップチャットなどが自発的スキャンの根拠にしていたePrivacyの例外が消えた。今回の採決は、その例外を2028年まで再び有効にしようというものだ。並行して、恒久規則であるCSAR(いわゆる「チャットコントロール2.0」)は2022年以降、五回の三者協議を経てもなお止まっている。理事会は7月初めに独自の交渉方針を承認し、嫌疑と無関係な広範なスキャン、つまり端末側でコンテンツを検査する方式を推している。議会は司法承認を得た特定の容疑者を対象とする探知命令へ絞り込もうとする。EU法務部は6月、「自発的」であっても合理的な嫌疑と事前の司法承認を欠く一般的スキャンはEU基本権憲章7条に反しうると警告した。
創業者にとっての意味
メッセージングやプライバシーを売る製品にとって、端末間暗号化は長く差別化点だった。「私たちはあなたのメッセージを読めない」が販売文句であり、信頼の根拠でもあった。端末側スキャンはその文句の根を突く。メッセージが暗号化される前に、利用者の端末上に検査器を置いてコンテンツを走査する方式だからだ。暗号化はそのままなのに、検査は暗号化の手前で終わるので、「読めない」という約束が法の例外条項の前で条件付きになる。脅威モデルも変わる。防ぐべき対象は外部の攻撃者だけでなく、規制があなたのスタックの中に入れろと求める検査器までになる。
今回の採決が復活させるのは義務ではなく「自発的」スキャンだ。しかし自発的がやがて事実上の期待値に固まる流れを、EFFや規制の観測者はすでに指摘している。やらないサービスが問題あるサービスに見えた瞬間、自発は名だけになる。EU利用者を相手にするチームなら、探知命令、年齢確認、ハッシュ照合の義務がいつでも製品の上に載りうると見るべきだ。より大きなリスクは不確実性そのものだ。規則が失効しては復活し、緊急手続きで審査を飛ばし、法的根拠が数カ月で覆る。EUの私的通信に足をかけた製品なら、この揺れ自体がロードマップを動かす変数になる。オンデバイス専用、サーバーに鍵を持たない、メタデータ最小化といった設計でも、端末側スキャンの義務は避けられないという点が特に痛い。
いま取れる行動
EUを相手にするメッセージング・プライバシー製品なら、暫定的な自発的規則と恒久的なCSARの探知命令という二つの筋の下で、製品がどこに置かれるかをいま地図に描け。端末間暗号化が絶対に譲れない約束なのか、規制に応じて調整しうる機能なのかを、まずチーム内で固める必要がある。データの流れを文書にまとめておけば、探知命令や年齢確認の要求が実際に来ても、全面的な作り直しなしに対応できる。7月9日の採決結果とCSARの協議ラウンドは追い続けつつ、結果に賭けず、どちらの筋にも耐える構造を先に組め。規制をリスクとしてだけ見ない道もある。スキャンをしないことを検証可能な形で証明するサービスに喜んで対価を払う利用者層があり、逆にスキャンが義務となる管轄も生まれる。この分かれ目をセグメントとして捉えるチームが、規制が揺れる数年を機会に変える。
参考資料
- EU to extend temporary message-scanning regime to detect child sexual abuse online · Euronews
- EU now one step away from reviving private message scanning rules · CyberInsider
- Parliament forced back to the chat control question · EU Perspectives
- EU Parliament Blocks Mass-Scanning of Our Chats, What's Next? · Electronic Frontier Foundation
- Chat Control: The EU's CSAM scanner proposal · Patrick Breyer