AI・テクノロジー
採用か窃取か、Apple対OpenAI訴訟が創業者に突きつける問い
公開日: 2026-07-13
何が起きたのか
Appleが2026年7月10日、カリフォルニア州北部地区連邦地裁にOpenAIを提訴した。被告にはio Productsに加え、OpenAIのハードウェア責任者タン・タン氏と、元Appleシニアシステム電気エンジニアのチャン・リュー氏が個人として名を連ねる。訴状でAppleは、「技術スタッフから最高ハードウェア責任者に至るあらゆる階層で」OpenAIが営業秘密と機密情報を持ち出したと主張した。Appleに24年在籍しiPhoneとApple Watchの製品デザイン担当バイスプレジデントを務めたタン氏については、採用活動でAppleの機密プロジェクトのコードネームを使い、面接候補者にApple部品の実物を持参させて見せるよう求め、退職する社員に保安手続きの回避方法を指南したとする。リュー氏については、会社支給のMacBookを返却しないままOpenAIに移り、ソフトウェアのバグで社内ファイルサーバーへのアクセスが生きていることに気づくと、機密のプレゼン資料やハードウェア設計、製造・試験文書をダウンロードしたと主張する。Appleによれば、元Apple社員400人超が現在OpenAIに在籍している。両社は2024年にChatGPTのiPhone統合で提携した間柄であり、OpenAIは2025年にジョナサン・アイブ氏のio Productsを65億ドルで買収してハードウェアに参入した。Appleは2月に書簡で懸念を伝えたが回答はなかったとし、営業秘密の使用差し止めと資料の返還、証拠保全を裁判所に求めた。OpenAIは「他社の営業秘密に関心はない」と反論している。
創業者にとっての意味
この訴訟が引こうとしている線は明快だ。人を採ることと、その人の頭の中の知見が前職の文書・部品・設計という「モノ」に変わる地点の間の線である。競合から人材を採用する行為そのものは合法で、AI業界全体がその上で回っている。Appleが問題にしているのは採用ではなく、面接で部品を見せろと求め、保安手続きの回避を組織的に指南したという「一線の越え方」だ。日本でも他人事ではない。営業秘密は不正競争防止法で刑事罰まで用意された領域で、東芝の半導体メモリ技術をめぐる訴訟が数百億円規模の和解に至った例があるように、転職に伴う技術流出は日本企業でも現実の経営リスクとして扱われてきた。大手メーカーや研究機関からエンジニアを迎えるスタートアップにとって、前職の資料が一枚でも社内に紛れ込めば、製品ではなく会社そのものが訴訟リスクを抱える。逆の立場もある。自社のコア人材が競合に移るとき、何が自社の営業秘密で、どこまで守れるのかを契約と運用で事前に定義していなければ、後から主張する根拠がない。リュー氏の件が示すのは、退職者のアクセス権がバグひとつで生き残る会社は、秘密を秘密として管理していたと認められにくいという現実だ。
今できること
競合や大手出身者を採用するなら、オンボーディングに一項目を加えたい。前職の文書、コード、部品、設計資料を持ち込まない、持ち込んでしまったら使わず申告する、という書面での確約だ。面接官には前職の機密を聞かないという原則を明示的に教育する。この訴訟の核心的な証拠が面接での慣行だったことは覚えておく価値がある。守る側としては、退職手続きをその都度の対応ではなく仕組みにする。アカウントと端末の回収をチェックリスト化し、ファイルサーバーへのアクセス権が退職時点で実際に切れているかを確認するだけで、リュー氏型のシナリオの大半は防げる。最後に、自社の営業秘密が何かをリストとして定義しておくこと。秘密として管理した痕跡がなければ、法廷で営業秘密とは認められない。文書に機密区分を付け、アクセスを必要な人に絞る習慣が、そのまま将来の証拠になる。
参考資料
- Apple sues OpenAI alleging theft of top-secret information · Financial Times
- Apple sues OpenAI over alleged trade secret theft · TechCrunch
- Apple accuses OpenAI, and former design star Jony Ive's io Products firm, of stealing hardware trade secrets in blockbuster lawsuit · Fortune
- Apple sues OpenAI for trade secret theft · Axios